第14帖
臣民にわかる様にいふなれば、身も心も神のものざから、毎日毎日 神から頂いたものと思えばよいのであるぞ。
只要臣民了解的話,身心都成神了,每天每天從神得到的天賦,這樣想就好了喔。
それでその身体をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが、夜になれば眠ったときは神にお返ししてゐるのざと思へ、それでよく分かるであろうが。
這樣,肉身不管怎樣都好,知道了吧。就當夜幕低垂,睡覺的時候,還給神一樣吧,這樣了解了吧。
身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる。
心齋,磨亮身魂的意思是,作為神的器皿,從神而來的暫放喔。
神の最も尊いとことしてお扱いすることぞ。
就如同對待神最尊貴的部分一樣喔。
第15帖
一二三は神食。三四五は人食、五六七は動物食、七八九は草食ぞ。九十は元に、一二三の次の食、神国弥栄ぞよ。
一二三是吃神,三四五是吃人,五六七是吃動物,七八九是吃草喔。
九十回原點,一二三的下一個食是,神國萬歲喔。
人、三四五食に病ないぞ。
人,三四五吃人的時候,沒有病喔。
第16帖
あらしの中の捨小舟ぞ。
暴風中被捨棄的小船喔。
どこへ行くやら行かすやら、船頭さんにも分かるまい、メリカ、キリスは花道で、味方と思うた国々も、一つになりて攻めて来る。
不論要去哪都讓你去,船長也不知道,美英在眾所矚目的花道上,曾認為是友軍的國家也,團結成一心,向神國攻來。
梶も櫂さへ折れた舟、何うすることもなくなくに、苦しい時の神頼み、それでは神も手が出せぬ。
就連舵、槳都被折斷的船,能做的事也沒了,苦痛的時候依靠神明,這樣神也救不了你。
腐りたものは腐らして肥料になりと思へども、肥料にさへもならぬもの、沢山出来て居らうがな、北から攻めて来るときが、この世の終り始めなり、天にお日様一つでないぞ。
腐壞的事物,就讓它腐壞,做成肥料。雖然這樣想,就連肥料也做不了的東西,有很多吧。從北攻來的時候,世界的終焉開始,天上不是只有一個太陽喔。
二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思へかし、この世の終りは神国の始めと思へ臣民よ。
兩個三個四個跑出來的話,想說這個就是世界的終焉。
這個世界的終焉就是神國的開端,這樣想吧,臣民。
神々様にも知らすぞよ、神はいつでもかかれるぞ。
也告知眾神吧,神一直都能憑依喔。
人の用意をいそぐぞよ。
快點做好人的準備吧。
第17帖
九十が大切ぞと知らしてあろがな、戦ばかりでないぞ。
九十很重要喔,是這樣的告知的,但不只是戰爭喔。
何もかも臣民では見当とれんことになりて来るから、上の臣民 九十に気つけて呉れよ。
萬物臣民漸漸預測不準,上層的臣民,注意好九十吧。
お上に神祀りて呉れよ。神にまつらうて呉れよ。
上面的臣民,祭神吧,順從神吧。
神くどう申して置くぞ。
神反覆述說喔。
早う祀らねば間に合はんのざぞ。
不早點祭祀的話,就趕不上了喔。
神の国の山々には皆神祀れ、川々にみな神まつれ、野にもまつれ、臣民の家々にも落つる隈なく神まつれ、まつりまつりて弥勒の世となるのぞ。
祭山、祭河、祭平原、就連臣民的家中都毫無縫隙的祭神,祭神祭神,就來到彌勒的世間喔。
臣民の身も神の宮となりて神まつれ、祭祀の仕方 知らしてあろう、神は急けるぞ。
臣民的身也成為神的宮殿祭神,會告訴你祭祀的作法,神很急喔。
附記: 日文有一個很特別的助詞と,他的意思白話一點翻譯的話,就是「如此」,可是,在譯文中大量使用如此,這樣看起來超級不便,還會影響聲韻的和諧,導致通篇不順,所以我通常都會花比較多時間採取意譯的方式,重新構句。
另外,翻了這麼多篇,每次看到「神很急」,這三個字,我就在想,他到底在急什麼? 假設我們以道家的思想來看,道沒有時間概念,永恆存在,那麼急這個概念從頭到尾都不存在,那麼,這邊的急到底是什麼意思呢? 不過這邊所提到的神,都不是神道思想中的「真神」,就是前幾篇一個圈圈加一個很像注音符號ㄑ的圖像,既然不是真正意義上超越的神,那麼以相對的角度來敘事也合情合理。