2023-04-29|閱讀時間 ‧ 約 2 分鐘

スーツの話3/說到西裝3

でも日本に帰ったら、あっという間にもとのチノパンとスニーカーの生活に戻って、スーツとかネクタイとか革靴のことなんかすっかり忘れちまっていた。困ったもんだ。
思うんだけど、人間の実体というのはいくら年齢をかさねても、それほどは変わらないものですね。何かがあって、「さあ、今日から変わろう!」と強く決意したところで、まるで形状記憶合金みたいに、あるいは亀があとずさりして巣穴に潜り込むみたいに、ずるずるともとのかたちに戻ってしまう。決心なんて所詮、人生のエネルギーの無駄使いでしかない。クローゼットを開けて、ほとんど袖を通されていないスーツや、しわひとつないネクタイを前にして、つくづくそう思う。しかしそれとは逆に「べつに変わらなくてもいいや」と思っていると、不思議に人は変わっていくものだ。変な話だけどね。
可是一回到日本,轉眼之間又回到棉長褲、運動鞋的生活,完全忘了什麼西裝、領帶和皮鞋那碼子事了。真傷腦筋。
我倒想過,一個人的實體,說起來不管年齡長到多大,其實並沒有改變多少。一碰到什麼事情,往往會下堅定的決心「好,從今以後我要改變!」可是一等到那什麼不見了之後,大多數人在大多數的情況下,簡直就像形狀記憶合金,或像縮頭烏龜退回老窩去一樣,又再拖拖拉拉地恢復原形。說什麼決心終究只不過是人生中的一番能源浪費而已。打開衣櫥一看,面對那些幾乎完全沒穿過的西裝、一絲皺紋都沒有的領帶,不得不這樣深深感嘆。只是相反的想到「不改變也沒什麼不好啊」時,很奇怪人卻變了。說起來還真奇怪。
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