授業中に、受講生から「先生、花の香りやレモン、柑橘系の香りがとても好きなのですが、調香の時に香りが変わってしまって時には匂いが消えてしまうこともあるのはなぜなのですか?」と聞かれることがよくあります。
多くの香りを定着させるために使われるベースのエッセンスの中でひとつだけ飛び抜けて高値がつく原料があります、それこそが『アンバーグリス』です。塊のような形状をしている龍涎香は通常海面に浮いており、フランス語の「灰色のアンバー」という言葉に由来します。このアンバーグリスが海に浮かび、適切な潮流にうまく当たった時だけ、波に押されて岸に辿り着くことができます。アンバーグリスは香水原料の中で唯一海洋から運び込まれてくる貴重な原料なのです。
アンバーグリスは無数の穴や、黒色から灰色、白色に至るまで不規則な形状や外観を持ち合わせています。ここのところの研究によれば、アンバーグリスは実際マッコウクジラのフンだということがわかっており、マッコウクジラは大量のイカを捕食するのですが、イカの内部や内部の骨はマッコウクジラの消化器官では消化されないため、消化管は粘液を分泌し、消化されないイカの嘴の部分を丸ごと包み込みます。マッコウクジラが食べ進むにつれてその粘液は大きな塊へとどんどん大きくなっていき、やがて糞石と呼ばれる大きな固形物になっていきます。マッコウクジラの腸管内には数多くの微生物が存在しているため、消化管内に蓄積したこの糞石は微生物や酵素の分解作用を受けて多くの複雑なにおい分子を形成してゆきます。最終的に糞便はマッコウクジラの体外に排出または嘔吐されます。
これらの形成されたにおい分子はマッコウクジラの体外に排出された後も、海水の中で微生物たちがこの糞石の分解作用を止めることなく繰り返し作用し、また海水の中の酸素も酸化反応をし続けます。微生物や環境への参加活動を交互に作用し合い長い時間をかけて、最終的にワックス状のアンバーグリスを形成します。
ある記事によると、100頭のマッコウクジラのうちアンバーグリスを排出するのはわずか一頭だけです。また同じマッコウクジラから排出されたアンバーグリスも異なる微生物や環境の交互作用を受けている関係から、一つひとつのアンバーグリスの香りは決して同じではありません。これこそが海岸から発見されるアンバーグリスが同じ外観や形を持たない理由なのです。
アンバーグリスはプロの調香師によっていくつかの階級に分けられ、超微細分裂と溶解によって液体が作り出されます。アンバーグリスが多くの微生物の働きによって生産されるため、マッコウクジラの腸内から直に採取されたアンバーグリスには香味物質もなく、もちろんなんの価値も持っていません。アンバーグリスが香水原料として扱われる主な理由はエーテルやアルコール、エステルなど香水中の他の香料成分とのエステル化またはエーテル化によるアルコールの脱水反応を引き起こし、香水の揮発性をより安定させ、香りが充満する速度を調和させる働きを持ち合わせているからです。
各国の野生生物保護規則に伴い、科学者たちは質量分析法によってアンバーグリスを分析し、『アンブロクサン』、『アンブレイン』、『イソイースーパー』、『アンブレインノライド』など多種にわたる分子が風味と香りを作りあげる主な働きをしていることを発見しました。それゆえ現在ほとんどの採集は生物化学的方法によって行われており、また科学者と植物学者が協力して、スネークウィードと呼ばれるメキシコの草花からアンバーグリスの香りに非常に似た物質抽出できることを発見し、さらにはこの発見により香水との調合やより幅広く応用化していくことにも大きく前進することができました。
アンバーグリスは潮の流れや波に乗って海岸に流れ着き、海岸の岩とは全く異なる外観や重量を持っているため、その道に通じた人は潮流時間から、アンバーグリスが岸に流れ着きやすい時間を判断することができます。もし今度海岸沿いを散歩する機会がある時は、アンバーグリスが周辺に流れ着いていないか探してみてはどうでしょうか。もしかしたら一級の高級品があなたのすぐ足元にあるかもしれませんよ。
香りは自然の美しい一面を表すものであり、そのため調香のプロセスにおいて環境にやさしく、自然を大切にすることは香水業界の持続的な研究開発と発展において非常に大切なことです。環境のことを考えた原料を使用することが持続可能な発展を支える最大のキーポイントでありとても重要。もし皆様の周りに環境にやさしく持続可能なそんな優れた原料を知っているという方がおられましたらぜひ私たちにご連絡ください。共に多くの人々を大自然の香りの美しさで感動させましょう!