前面有一篇文章,有談到「家/生活」的幾個日語單字。現在日本社會當中,斜槓工作者越來越多,舊有的「會社人間」社會以及「年功並續」,都慢慢的被打破。來看看現在日本人怎麼看他們的職業的吧!
在《大家的日本語》第一課,大家所學到的句型是:
お仕事は何ですか。
お勤め先はどこですか。
勤務先はどこですか。
除了第一句可以問職業種類以外,二、三句所問的,也有包含問公司的名稱。
懷抱著夢想的工作:生業
但是,越來越多日本人,寧可要「生業」,而不要「仕事」。
生業(なりわい/せいぎょう)
主要用於自營業的說法。
- 私の家は八百屋を生業としている。
- 彼は生業に励んでいる。
- 我が家は代々、位を生業としている。
- 来年からは新しい生業をさがさなければならない。
- 自分の好きなことを生業としていくのは、なかなか難しい。
- 複数の生業を持つ人がどんどん増えている。
如果是受僱於一家公司的上班族/職員,則不能用「生業」這個字。
「生業」的語源是,在農村社會,大家在家裡自給自足,後來延伸為為了生計、為了收入而投入的工作。一般來講,比較一般性質、常態性質的工作,日語會用「仕事」,也表示了某種社會地位,大致是履歷上填「職業」欄的時候使用的字。
「生業」有種「業精於勤」的感覺。早期的農夫自給自足,日升而起、日落而眠,這是他一天的生活,也是他收入的支柱。而讀書人以書為田,成天在書田裡耕讀,故將「生業」的意思延伸到這裡。
- フリーランサー(free-lancer):斜槓工作者,日語用外來語。不過如果一個人(作家、畫家、書法家)以他的「道(日本稱為「業」)」,在精進之餘,同時也營生自己的生活,就可以用「生業」這個字。
文字大比較:職業、職人、達人
「職業」比較單純,寫在履歷表上面「職業欄」的,大部分的人,會被社會框架一個「職業」。
「職人」和「達人」,到了台灣以後,出現了轉譯的現象。
職人
(コトバンクより)
(前略)職人の業態には
大工・
左官などの出職(でしょく)と指物師・縫物屋などの居職(いじょく)があったが、賃仕事は出職、代金仕事は居職に多かった。(中略)労働時間は1日14時間であった。職人は、都市・村落とも、領主に従属して、その経営と生活が保証された。座(ざ)という組織もその一つである。技術
伝承のための
徒弟制的関係も、技術に対する意識も確立されてきた。職人は絶えず農民から分化していた。17世紀からは、職人は領主の拠点の城
下町そのほかの都市に、仲間(なかま)という組織の保護と統制によって経営と生活を維持することになった。(中略)18世紀からは、仲間外れの新しい親方も含めた職人全体の結合も、職種によっては生まれていた。技術に対する自負と責任感という職業意識が職人気質(かたぎ)となってきた。(後略)
日本的「職人」,原意指:大工(大木匠師)、左官(土水匠師)、裁縫師等有技術的工匠,這些工匠受到封建時代的領主保護,形成同工會組織,有事情互相支援。最有名的是江戶時代的「町火消」,「町火消」就是以前的消防隊,他們平時受到領主保護,火災時出去打火。有人說,「職人」脾氣很壞,因此有「職人氣質」的說法。
這些職人在現代化的社會中,慢慢地轉變或消失,「町火消」也變成現代的消防組織。最近台灣戲劇出現「職人劇」,其定義大致為:「編劇在做田野資料以後,以這些田野資料寫成劇本,大多描述工作中的辛苦」,這裡的「職人」,不知是不是要和「達人」分開?還是一起?觀台灣所製作的許多「職人劇」,確實都是在描述職場辛苦,個人認為,與其用「職人劇」,用「職場劇」比較好。
達人
我猜是因為「太鼓達人」,使這個字流行了一陣子。不過,達人和職業無關,意思是「精通此道的人」。
延伸閱讀